top of page

  野ネズミの生態と殺そ剤を使用した防除

                                                                                    大塚薬品工業㈱ 荒川 治 学術部長

                                                                                        <2010 「信州の果実」 より> 

     

          近年の農業環境と野ネズミ

 

   最近の農業に関する流行語として「環境保全型農業」「有機農業」「無農薬栽培」「草生栽培」などがある。これらはすべて野ネズミにとっては、好都合な環境を作っていると言える。ほ場への有機物投入量の増加・深耕などにより、巣や通路となる坑道が容易に掘れる様になり、畦畔・園地の草地化(グランドカバー植物の活用)により、ネズミの餌や隠れ場所が増加するためである。また、農家の高齢化や離農による休耕地、荒廃地等は絶好の繁殖場所となり、これらの場所で繁殖したネズミがある時期ほ場に侵入し、被害をもたらすようになる。一方では、増加を抑える要因である「天敵」は減少の傾向にあり、食物連鎖ピラミッドの基礎部分のネズミは、この様な好条件の下では増加して当然といえる。
 以下に、野ネズミ防除を効果的に行う上で、基本となる野ネズミの生態とそれを取り巻く環境との関係を簡単に述べてみる。

  ◆ねずみ算的繁殖力
 

 ハタネズミの産仔数は平均4匹程度。妊娠期間は20~21日、誕生後18日ほどで離乳が可能で、生まれた仔は1ヶ月半もすれば交尾可能である。一方、親の方は出産したその日に次の交尾が可能なので21日毎に出産が可能。自社で飼育しているハタネズミでは、1年間に27匹離乳させた個体もいる。

  ◆天敵と野ネズミ
 

 野ネズミに対する天敵としては、ヘビ、キツネ、イタチやワシ、タカなどの猛禽類があげられるが、ヘビは爬虫類のため一度満腹するとしばらく捕食することがないので、あまり繁殖抑止効果はないようである。繁殖期の猛禽類は、幼鳥の餌として相当数のネズミを捕獲する。更に、イタチは餌としてだけではなく、見つけたネズミは殺してしまう習性があり最も有効と言える。
 天敵による捕獲を容易にするためにも、雑草などの刈り取りが重要である。また猛禽類の生息する地域では、止まり木となるような高いポールを立てるだけでもネズミの活動が抑えられるとの情報もある。

ハタネズミ

  ◆有機農法と野ネズミ
 

 有機物を投入し耕すことは、ほ場を肥沃にするためには有効な方法であるが、一方では柔らかくなった土壌はネズミにとって活動しやすい環境といえる。また、この様なほ場では土壌昆虫やミミズが増加し、モグラも活発に活動し、その坑道をネズミが利用する場合もある。しかしモグラは肉食のため場合によってはネズミを襲って食べることもあり、平和的に共存している訳ではない。なおモグラは先に述べたように、肉食であるため通常の殺そ剤を食べることはなく、殺そ剤での駆除は出来ない。
 さらに流亡防止やグランドカバーとしてある程度の草丈の草を生やしておくと、ネズミはそれに隠れて活動できるため、穴を掘らずに地表に通路をつくって移動する事もある。果樹園等における草生栽培の場合は特に注意が必要で、果樹の根元周辺は地表が見えるように整備する必要がある。

 

 ◆休耕地などの草地と野ネズミ
 

 ハタネズミは、日当たりの良い草地を好む草食性のネズミである。休耕地や手入れされていない畦畔、河川敷などは雑草が繁茂しているため、ハタネズミにとっては餌があり、巣材があり、天敵からの隠れ場所を提供してくれる絶好の繁殖場所となる。水田の畦畔などは草を刈るだけでも、ネズミの活動を抑えることが出来る。
 河川敷など農地から離れた場所のみで生活している場合は、異常繁殖時以外は特に問題とならないが、休耕地や畦畔は農産物を現に生産しているほ場に接しているため、これらの場所から移動、侵入してくるネズミが被害をもたらす。これらの状況を考えると、野ネズミ被害を防止するためには圃場対策のみではなく、周囲の繁殖場所のネズミを駆除し、その上で侵入対策をすることが必要となる。
 現在は過去より継続して防除を行っていることによって、大きな被害が発生しない状況を維持していると言え、かつて市町村などで一斉防除をしていた地域が、それを止めたことにより野ネズミ被害が大きくなったという事例がある。野ネズミ防除はネズミ被害を受けないための保険といえる。

         防除方法と殺そ剤の効果的な使用方法    <特に積雪地帯で>

                                  
 ネズミの被害は農業、畜産上の被害、食中毒その他健康上の被害、パイプや配線を齧られる事による停電や火災など、人間生活のあらゆる場面で起きている。特に積雪地帯の農業においては、根雪期間に目につかない雪の下で越冬作物や果樹木の幹や根が齧られたり、水田畦畔に無数の穴を開け漏水の原因になったりしている。これらは春に気が付いた時には手遅れなので、越冬防除が重要である。

  ◆ネズミの習性と防除
 

  一般にネズミ防除法は「化学的防除」「物理的防除」「生物的防除」「環境的防除」に分類できる(表1)。これらの防除法はどれも単独で完全な防除を行うことはできず、複数の方法を合わせて行う必要がある。この様に複数の方法を用いてネズミの生息数を被害の起きない一定レベルに維持管理することにより、殺そ剤など薬剤の使用量を抑えることができ、環境保全の面からも推奨される。特に「環境的防除」は低下させた生息数を維持するために重要である。ただ、殺そ剤等による駆除を行う場合には、下草刈りなどを行うと環境の変化によりネズミが移動してしまうことがあるので、駆除を行った後に行う方が効果的である。
殺そ剤による防除の目的は、①予め被害の発生を防止するよう生息数を抑制する予防処置②突発的異常発生による被害の緊急処置、であるがこのうち予防処置としての通年防除が大きな被害を受けないためには重要である。

ハタネズミの防除方法

<広域一斉防除>
 

    ハタネズミは縄張りを持っているため、条件の良いほ場に住み着いた強いネズミは、他のネズミを排除するようになる。ところがここでほ場内だけの防除を行うと、住み着いているネズミは駆除されるが、周囲に追い出されていたネズミが残っているため、直ぐ新たに侵入してねずみ算的繁殖で殖えてしまうので、出来るだけ広い範囲で同時に防除を行う「広域一斉防除」が効果的であると言える。

リンゴ高密植わい化栽培でのハタネズミの侵入モデル

◆積雪地帯における積雪下のネズミ防除
 

  積雪地帯の果樹園やその他越冬作物のほ場におけるネズミの被害は、一般に積雪期間の雪の下で起こることが多い。特に雑草や下草、刈り取り後の枯れ草の始末が十分でない場合、大雪で積雪期間が長かった場合など大きな被害を受けていることが多い。この様なネズミの被害を減らすためには、積雪前に周辺防除を行いネズミの生息数を減らしておくこととともに、根雪中のほ場への侵入防止と、積雪中にもほ場内に薬剤が配置されているように、事前の準備を行うことが重要となる。

 <積雪前防除>


 積雪前は周辺のネズミ穴が見られる場所を、重点的に防除を行う。

 <積雪中防除(積雪前の事前作業)>


 十分な防水効果のある薬剤を用いた、ベイトステーション(餌場)法が有効である。
 ベイトステーション以外の場所は、枯れ草等を整理しておくと更に効果的である。この時に集めた草等でベイトステーションを作るのが良いだろう。最も簡単には、刈った枯れ草等を10m程の間隔に山にしておいて、その山の下に薬剤を入れ込むようにする。積雪中、ネズミはこれら草の中に集まり薬剤を食べる。
 雪の下は地表との間で解けた雪により湿度が高くなり、時には水がたまるような場合もあるので、水により劣化しない防水処理された薬剤を使う必要がある。防水された薬剤も水没してしまってはネズミがやってこないので、窪地はベイトステーションの設置位置として避けた方が良く、またほ場の中心部よりも周辺部に重点を置いて設置するようにする。
  この様にベイトステーションを10a当たり10ヶ所くらい作り、春先の雪解けの時に各ベイトステーションに薬剤が少し残る程度が理想的である。

ハタネズミ ベイトステーション

・大きさは特に定めるものではない直径で40~50㎝もあれば充分と思われる。
・薬剤をモミ殻の中に置くのは水没防止のため。

まとめ
 

 ネズミ防除は総合的に行う必要があるが、経済的には殺そ剤が最も効果が大きいと言える。ただ、殺そ剤は他の農薬と異なりネズミが食べなければ効果が現れないので、生き穴を捜して薬剤を投入したり、ベイトステーションを作り周囲の草を刈ったりと、使用者の努力が必要となる。
殺そ剤を有効に使い防除効果を高めるためにも、ネズミの習性を理解し、それを生かした防除作業を行うことが重要である。 

ハタネズミ 駆除薬剤
bottom of page